型稽古の短所を考える1 状況変化への柔軟な対応能力の養成へ

神衛においては、合気道における技法の上達と実際の戦いへの対応能力は、基本的に別問題と考えています。

合気道の技法は、稽古でも演武でも型となります。型は、攻撃の方法をあらかじめ決めて、約束通りに動作を行います。

稽古や演武の中で技が上手に出来ても、それは上手に出来るようにお互いに協力しているに過ぎません。

型は、最初から最後まで動作の手順が決められています。しかし最初の攻撃方法が分かっていて、そのタイミングも格闘を前提としないものであれば、後の対処はどうとでもなります。最初の攻撃方法が分かって、そのタイミングも分かりやすい稽古や演武は、総じて型の範疇と考えるべきです。

実際の闘争においては、当然ながらそうした「最初の攻撃方法」や「攻撃のタイミング」などの約束はなくなります。稽古や演武とは真逆の環境になる事と言っても過言ではないでしょう。

そうなると、型とは違う状況が起きた時に、何をどうしていいのか分からなくなるかもしれません。また、自分が型稽古である合気道で学んできた事は、実際の闘争においてどれだけの能力を発揮出来るのかを客観的に知ることも難しいでしょう。

戦技研は、そうした事への対応として考え出された訓練です。型とは違う状況、つまり初めて遭遇する状況において、適切な判断を下し、最適な行動をする能力を身に付ける事を目的としています。

2019年4月21日

型稽古の短所を補い、長所を活かす

これまで述べてきたように型稽古の長所と短所を述べると、ここでは短所の方が字数が多くなりますが、短所の方が多いという訳ではありません。

意味としての重さが異なりますので、少ない字数であっても長所の方が重い、という事も考える必要があります。

そして戦技研は、つまりは型稽古の短所を補う為の研究・訓練を行っています。それはそのまま型稽古の長所を活かす結果につながりました。

戦技研の訓練において上手くいかない場合、原因は基本技の理解不十分にある事が殆どです。つまり戦技研で上手くいかない個所が判明したら、基本の稽古に立ち戻り、その部分を更に学び直す事をします。

その時に、例えば5級の審査科目の内容を初段の人が分かっていたつもりでも、初段のレベルでは理解していなかった、という事などが分かったりします。

「正面入り身投げの体勢になったけど、相手が堪えて倒せなかった。」
という状況が起きたとします。

相手が倒れない事の原因が、自分の未熟さにあると考えず、
「合気道の技法は相手が本気で堪えたら、到底使い物にならない。」
などと考え、ここで安易に足を引っかけて強引に倒すのは如何なものでしょう。

それが実戦の場であれば問題ありません。

しかし、それが研究と訓練の場であれば、自分の未熟さに疑いを持ち、自分の入り身の位置、角度、タイミング、姿勢など、徹底的に考えるべきです。そうする事で、養神館合気道の優れた部分が実感出来るようになります

戦技研は、型稽古の短所を補い、長所を活かす、とても大切な訓練と言えます。

型稽古の短所を考える

神衛においては、合気道における技法の上達と実際の戦いへの対応能力は、基本的に別問題と考えています。

型稽古は攻撃の方法をあらかじめ決めて、約束通りに動作を行います。
(そうした意味において養神館合気道における「護身術」、動作に約束を決めていなくても相手の攻撃方法が先に分かっている点において指導者資格審査で行われる「実戦即応技」は型稽古の範疇にあると神衛では考えています。)

実際の闘争においては、当然ながらそうした約束はなくなります。そうなると、型とは違う状況が起きた時に、何をどうしていいのか分からなくなるかもしれません。

また、自分が合気道で学んできた事は、実際の闘争においてどれだけの能力を発揮出来るのかを客観的に知ることも難しいでしょう。

更に重要な事として、 実際の戦いには、その人の「心のありかた」というものが問われます

稽古や演武の中で技が上手に出来ても、実際の戦いにおいては、そもそも戦いに応じられる自分がいるのか、という問題に行き着きます。

合気道は型稽古を行いますが、 型稽古にはその世界にある常識や約束事などが自然と生じてしまいます。これは大切な事でもあり危険な事でもある両刃の刃のようなものです。

弱点として見れば、型稽古の世界における常識や約束事は、その世界だけの閉鎖空間を構築し、稽古に取り組む人はその閉鎖空間だけが武道の世界だと勘違いしやすくなるかもしれません

これは実際の闘争、それも「殺す」という明確な意思を持つ人間を相手にする事を考えれば、果たして閉じこもった世界での常識や約束事がそうした相手に通用するのか、論が分かれるところです。

蛇足を承知で付け加えれば、そのような閉鎖空間に閉じこもってしまうと、実際に戦える能力はないけど武道家としての地位や名誉は誰よりも欲しい、という考えの人間が育ったり、そういう人間が集まる環境が醸成される事もあり得ます。

そうした人達を批判する気はありませんが、神衛の方向性とは異なるものです。

型稽古は必ずこのようになる、という事ではありません。神衛では型稽古には総じてこのような状況に陥る危険性があり、それが型稽古の短所に成り得ると考えているという事です。

戦技研は、このような危険性を回避し、型稽古の短所を補う為のものとお考え下さい。

型稽古の長所を考える

養神館合気道は型稽古で習得していくシステムです。型稽古とは、攻撃と防御の方法をあらかじめ決めて、約束通りに動作を行う練習方法です。

合気道の技は、その奥深さと精妙さにおいて、稽古方法を誤ると大切な核の部分が伝わらなくなります。合気道の稽古の基本が型稽古であるのは、そうした大切な部分を正確に多くの人に伝えていくためだと考えられます。

型稽古を繰り返すことで、身体が錬られ、技の理合も深く理解出来るようになります。技の手順を思い出しながら動く事から始めても、稽古を繰り返すうちに、頭で考えなくても力の流れを感じながら相手を崩す事が出来るようになります。

また、勝ち負けを競うものではないので、人間性に優れた相手と型稽古を行えば、自身も触発され、より一層稽古が楽しいものになります。

良い指導者、良い稽古仲間、良い稽古環境に恵まれて養神館合気道の稽古に励めたら、その人にとっては人生で得られる幸せの多くを得た、と言っても過言ではないでしょう。

神衛ではまず、こうした型稽古の長所を考え、そうした長所が最大限活かされるように稽古に取り組む事を重要視しています。

 

 

 

 

 

 

基本と応用について2

戦技研で行う訓練においては、基本技に立ち戻る作業を行う、という意味で基本を確認します。

例えば、ある状況において相手に技を施した際に、相手が倒れない、などという状況に陥る場合があります。そうした場合の原因を探ると、大体においては基本の理解が足りていなかったり、勘違いをしているケースが多々あるのです。

型稽古において基本のみの練習を繰り返しても、どうしてそれが大切なのか、その技の大切な部分は何か、という観点を常に持って稽古に臨むのは難しいものです。

型稽古なので、動作の手順が決まってしまい、その上を目指す気持ちで 創意工夫的な見地から、技を深く探るというのではなく、安易に技のための技、という事をやってしまう可能性が高くなるかもしれません。(技のための技、というのは、その技の効果を高める為だけに行う基本から外れた我流的な汎用性や応用性に欠ける姿勢や動作の事)

技術的な理解以外にも、人間の成長の面で考えてみると、合気道歴だけが長くなって、何かしらの自負と自信が芽生え、しかし自分の間違いに気付かず、そして気付こうともせず、あるいは気付いていても開き直り、ますます型稽古だけの世界に閉じこもろうとしていく可能性が高くなるかもしれないという恐れがあります。

自身の成長度や進むべき方向を知る為に、もっと別の視点から全体を眺める機会が必要です。出来ない事と出来る事を分別し、出来ない事に対して出来るように努力していく姿勢を持つには、そうした気持ちになる機会が大切です。それが神衛においては戦技研という事になります。

戦技研では、今は出来なくても、このような訓練をしていけば、こういう過程を辿って、それが出来るようになる、という道を示します。この道は、合気道という道そのものですが、戦技研の訓練を受けることで、自分の進むべき道がよく見えるようになってきます。

基本は大切である事に間違いはありませんが、基本は応用あっての基本という考えは大切であり、神衛では戦技研を応用として養神館合気道の基本を考えています。

 

 

 

 

 

基本と応用について1

何事においても基本は大切です。

合気道の稽古の種類を大別すると、

基本動作ー基本技ー応用技ー自由技ー演武

となるのが養神館合気道における一般的なものです。このうち

基本「基本動作、基本技」

応用「応用技、自由技、演武」

という考え方が一般的な合気道の稽古になります。(もちろん、全ての団体がそのように考えているのではなく、各道場の先生によってお考えは変わります。)

しかし、神衛では

基本「基本姿勢、基本動作、基本技、応用技、自由技、演武」

応用「戦技研」

としています。応用技、自由技、演武も、実戦という混沌に比したら型稽古の範疇に入ると神衛では考えているからです。

基本と応用について2に続きます。

 

 

 

 

 

 

型稽古に対する戦技研の試み3

正面打ちをしなければいけないところを横面打ちが来た、しかし、何とか対応出来た、という事が、実戦に対応し得る能力を持つ事の根拠になるか、と言えば、ならないと言うのが我々の考えです。

キックやパンチ、タックルなど、普段の合気道の稽古では練習しない技法に対しては、対応が出来ないと考える根拠が下の図となります。

sengiken_kihon6_120x120  right_yajirushi_30 sengiken_kihon7_120x120

上手において、直線から離れた位置にある赤丸が、合気道の稽古で想定していない状況を意味しています。
その状況には、スピード、パワー、闘争心、など通常の稽古では接しない技法以外の要素も含まれます。

柔道や空手などの経験がある方なら、道場における乱取りやスパーリングと、試合場で他の道場と勝敗を決する事の違い、という事でご納得頂けると思います。

ましてや、逃走しようとする犯罪者が捕まりたくない一心で凶器を持って襲ってくる状況と、稽古の場所で相手が正面打ちを打ってくる状況を比べたら、その違いに大きな開きがあるのは自明です。

型稽古における状況対応の限界はある、それも限界はそれほど高くはない、と当道場では結論づけています。

これまで、基本稽古における状況対応の限界について説明させて頂きました。
つまり戦技研は、基本稽古における想定した状況を、より実戦で起こり得るものに広げていく、という考えをしています。

一番簡単なイメージは下図のようになります。

sengiken_kihon6_120x120 right_yajirushi_30 sengiken_kihon9a_120x120

例えば、パンチやキックをしてくる相手や、ナイフなどの凶器を持って襲ってくる相手へのの対処方法の基本を初等教育課程で学んで頂いたら、より難度が高い状況における相手への対応を中等教育課程以降で学んで頂く事になります。戦技研で学んで頂く具体的内容は明かせませんので、あくまで分かりやすい例としてお考え下さい。

初等教育課程、中等教育課程、高等教育課程と段階を経て学んで頂き、各種の状況に対応出来る能力を身に付けて頂きます。
下図のようになります。

sengiken_kihon8_logo_120x140 right_yajirushi_30 sengiken_kihon9_logo_120x140 right_yajirushi_30 sengiken_kihon10_logo_120x140 right_yajirushi_30 sengiken_kihon11_logo_120x140

ただし、上図は、いたずらに手数が増えている、という意味ではございません。戦技研で行う技法は、養神館合気道の技術そのものです。他の武道や格闘技の技法を取ってつけるような事は行っていません。

型稽古に対する戦技研の試み2

合気道において想定した状況に対応する技は、下図のようになります。円の内部の縦横の直線として表しています。

sengiken_kihon4_120x120

合気道は型稽古を基本として稽古します。
合気道における型稽古とは、技をかける方と受ける方の役割と、どのような技を行うのか先に決めて、それを繰り返して術理の理解を深めながら身体を動かして鍛えていく稽古方法です。

これは非常に優れた効果をもたらす反面、無視出来ない問題があります。
型稽古では、状況(上図の赤丸)を設定し、動きの約束をして、約束通りに動きます(円内の直線)。
しかし型稽古で学んだ以外の状況が発生した場合、一体どのように対処すればいいのか分からなくなる可能性があります。それを表したのが下図です。

sengiken_kihon4a_120x120

それでも今のまま型稽古を続けていけば、いつかどうにか出来るように自分はなっているるだろう、つまり、合気道の稽古では想定していない状況を考えないで稽古をしていても、いつかは自動的に想定しない状況にも自分は対応出来るようになっているだろう、と思っていてどうかなるものかと言えば、それは各人の能力によると言えます。

神衛における実績から判断すると、型稽古としての強さは身に付くであろうという事は言えるようです。
それは下図のように円の内部の直線部分を太くして表現します。

sengiken_kihon3a_120x120 right_yajirushi_30 sengiken_kihon5a_120x120

また上記の内容を受けて、型稽古だけを続けていけば、想定された状況により近い状況なら対応出来る可能性は高くなる、という事も言えるかもしれません。

正面打ちで始まる技のはずなのに、相手が間違えて横面打ちを打ってきた、だけど対応出来た、という例が考えられます。

下図のように表現します。

sengiken_kihon6a_120x120 right_yajirushi_30 sengiken_kihon7a_120x120

直線は正面打ちとしての設定となっています。横面打ちは正面打ちと手の軌道はそれほど変わりません。タイミングは殆ど同じです。だから、横面打ちという状況を意味する赤丸の位置は、正面打ちの設定としての直線上にはありませんが、直線に近いところにあります。

上の左図は合気道をはじめたばかり、右図は熟練者、を意味しています。ある程度の熟練者ならば、正面打ちがくるところを横面打ちが来ても対処出来る可能性が高い事を図示しています。

養神館には自由技において「正面横面打ち自由技」という技法が制定されています。まさしく、正面打ちと横面打ちのどちらがきても対処出来る事を求めた技法です。

当団体の稽古場所にわざわざ出向き
「うちの道場には正面打ちを打つところを間違えて横面打ちでいったら対処出来る人がいた。だから、うちの道場も実戦対応を出来る道場だ。」
と言いに来た人がいます。その人がそう思うなら、それはそれで良いでしょう。ただ、実際はとんでもない間違いです。

戦技研4(または 新しい記事) にお進み下さい。

型稽古に対する戦技研の試み1

人間の闘争は、殴る蹴ける組み付く、武器を使う、複数で襲う、など色々な状況を考える必要があります。
その状況はケースバイケースであり、混沌としたものです。
その混沌とした様子を図式化したものを下図のように表します。

sengiken_kihon1_120x120

その混沌とした人間の闘争において人間が取り得る動きの中で、各種の武道や格闘技はその立ち位置を決めています。
合気道なら合気道の明確な動作の基点があります。
それを下図のように表します。

sengiken_kihon2_120x120

その基点から合気道の技法があると考えます。
混沌とした人間の闘争の形態の中で、合気道で想定する状況と対応方法があるとします。
まず合気道で想定する状況を下図のように表わします。
赤い丸が、手刀で額を狙って打ってくる「正面打ち」、片手で相手の片手を掴んでくる「片手持ち」など分かりやすい例に限りませんが、それらを含めて合気道が想定する状況と見て下さい。

sengiken_kihon3_120x1201

戦技研3(または 新しい記事)へ お進み下さい。

戦技研募集要項抜粋

「戦技研とは養神館合気道を学ぶ者を対象とした実戦対応訓練であるが、簡易かつ具体的に言い表せば

1.自分より体格に優れ、卑劣で凶悪な人間性を持つ相手
2.2人以上である
3.刃物、棒、銃火器などの武器を持っている
4.何かしらの格闘技を身に付けている

上記1から4のうち、1つから4つまで当てはまる相手に対し

5.自分に及ぶ危機から離脱する
6.他人に及ぶ危機から離脱させる
7.相手を逃走させる
8.相手を逃走させず無力化する

上記5から8の全てを実行可能とする能力を習得する訓練である。
ただし初等教育課程においては、1人の相手と制限する。

初等教育課程から高等教育課程に掲げる訓練目標とする能力取得は、訓練を正しく受講さえすれば確実に取得出来る事を保証する。」

上記は戦技研募集要項より抜粋したものです。