神衛代表 指導責任者 久島(←こちらをクリック)

神衛 代表の久島(くしま)です。
GOLD’S GHM格闘技スクール講師(2002年~2012年)
NHK文化センター講師(2004年~2009年)

【自分の主体をなす考え】

「人は最低の部分が本当の自分である。普段は温厚でも、感情が昂ると豹変して凶暴になるのは、凶暴な人間であるという事。DVが例。」
「人は人生という飛行機の操縦士である。飛行機が故障して墜落しそうになっても地上の人に迷惑をかけないよう最後まで操縦を続ける。」

【ご挨拶】

皆様はじめまして。神衛のホームページにお越し頂きましてありがとうございます。

中学生の時は柔道部、高校1年生から空手(フルコン)道場に通いました。合気道は、もともと合気会の講習会で少し教えて頂き、1993年に養神館に入会しました。

私の合気道の師は、現在、合気道錬身会の代表をされている千田務先生です。千田先生から四段を頂きましたが、その後、千田先生は養神館を退職されてしまいました。それが図らずも守破離となってしまい五段からは自分の力で進んでいます。千田先生は千葉県警察学校にて当時術科であった合気道の指導をされていました。現在、合気道は警視庁のみで術科として行われていますが、1990年代の一時期、千葉県警察でも合気道が行われていたのです。千葉県警察合気道同好会は神衛の指導員(警察官)が指導していますが、これも何かの縁だと思います。

私の事を話しておきますと、私は合気道どころか武道の指導者を志した訳ではありません。常設道場を構えておきながら、「どうしてこうなった?」と悩む時もあります。中学生の時に柔道部に入ったのですが、本当は演劇部か合唱部、スポーツだったらバレーボール部か陸上部に入りたかったです。その辺りから何か歯車が狂い始めたのかもしれません。だから、自分は武道家とは思っていないというか、どうしても思えないです。なので、武道家としての自分の名声とか、そういうものは不要です。

ただし武道を教えている者としての責任は果たします。ましてや実戦という分野の事を私はお金を頂いて指導しています。そうした事への自覚も持っていますし責任も義務も理解しています。そして私が持っている知識、技術、経験、研究成果など、必要な人に伝えていきたいです。

今の私の夢は、私がまとめ上げた技術体系や考え方を学ぶ事を楽しみにしてくれる人が出てくれる事です。絶望の淵で思い悩む人が、もし私の技術や考え方に触れて、これで自分は生きていける!と思ってくれるようになるなら、私も生きてきた意味があります。

こんな人間に合気道を学ぼうと思って頂けるなら、是非いらして下さい。

今から何年も前に書いた駄文があり、当時それを読んでくれた方が、残しておいて欲しい、と言われましたので残します。
夜明けの合気道(駄文集)