神衛代表 団体責任者(←こちらをクリック)

神衛 代表の久島です。

教える力は、苦労を乗り越えた部分の量、だと思っています。
透き通った水の中を泳ぐような、爽やかな青空の下を走るような、合気道を楽しく感じて頂ける指導が出来るよう心掛けています。
私にとって合気道は、夜明けの灰色がかった白い空です。暗い夜もいつかは明けます。
私の合気道は、夜明けの合気道です。

長崎県の対馬で生まれました。
1993年6月に養神館9級の免状を頂いています。塩田剛三先生がご存命の頃です。

中学生の時は柔道部で柔道に取り組み、高校生の時には空手の道場に通いました。武道が好きだからというより、5歳の時に自衛官だった父が病気で他界したので、多分、父親の厳しさのようなものを本能的に求めたのだと思います。

合気道を始めようと思ったのは、強さを求めてではなく、「小手返し」という技で相手が宙を舞う仕組みを知りたかったからです。小手返しの仕組みを知ったら、合気道はすぐにやめるつもりでした。

合気道を継続してしまったのは、師範の先生方に破格の待遇をして頂いて、やめるタイミングを逸した感じです。
初段を下さった先生、弐段と参段を下さった先生、四段を下さった先生、と養神館では3人の本部師範の先生にお世話になりました。
四段を下さった当時の本部道場道場長で主席師範であられたC先生が、養神会を退職されてしまいましたので、五段からは守破離の離という形になっています。

塩田剛三先生に近い3人の先生に指導を受けた私は、幸運だったと思います。3人の先生の技から受ける印象は、それこそ三者三様でした。先生方の技法における解釈も同様です。お互いに「俺の方が正しい」というプライドも強くお持ちでした。そうした経験から、私は色々と考える事が出来ました。それらは道場の指導方針に活用されています。

また、私に合気道を教えて下さった3人の本部師範の先生方は、誰一人として教え惜しみをせず、本当ならば他の人には教えないような事も教えて下さいました。しかし、実戦対応についての事は、個人としての秘策はあるかもしれませんが、体系的に指導するような事まではお考えではなかったようです。そのうちの一人の先生には、戦技研を教えて欲しいと言われた事もあります。

本当に知りたい事は、誰も教えてはくれません。誰も知らないからです。
本当に困っている時は、誰も助けてはくれません。皆も困っているからです。
私はこのように悟りました。

知りたい人に教える事が出来る、困っている人を助ける事が出来る、それが自分の目指す強さだと考えました。
神衛は、このような考えで創り上げた実戦対応の指導が出来る合気道道場です。

この道場には、困難に立ち向かい道を切り開く気概が満ちています。
合気道の技術だけでなく、そうした魂の部分にも触れてみて下さい。

話は変わり、私の個人的な事を自己紹介的に言いますと。「ドライビング」と「サウンド」が生活のキーワードとなっています。「ドライブ」ではなく「ドライビング」です。車の運転をして何処かに出かける、のではなく、運転という作業に身を置き何かしらの刺激を愛車から受ける事です。車は夜しか運転しません。「サウンド」は、楽器の演奏は出来ないので、聴くだけです。

「優しい真心を守る決意の強さ」

それが神衛の合気道の強さの根源です。
命の価値は、身体の大小や生物の種類で決まるものではありません。
その生命が「優しい真心」を持つかどうかだと私は考えています。
「優しい真心」は、命に宿ります。
どの生き物も命は一つしかありません。
かけがえのない大切な命。
自身の優しい真心を育み鍛え、自分以外の優しい真心に感謝し、優しい真心を持つ生命を守りたい方。
そして、だけど自分には、体力がない、精神力がない、そういう方も。
是非、神衛にいらして下さい。
優しい真心とはどういうものかを、一緒に考えていけたら幸いです。